シリーズ労災保険⑨ 労災事故なのに健康保険を使ってしまった!

健康保険は、法律で補償の対象を業務外の事由により負傷等した場合に限定していますので、業務中の事故などにより負傷した場合は、健康保険を使って治療を受けることはできません。

 

しかし、現実には、業務中の事故などにより負傷等した場合でも、健康保険を使って治療を受けてしまうケースは、多々あります。

 

今回は、負傷などが業務中にも関わらず、誤って健康保険を使ってしまった場合の訂正の手続きなどについて、分かりやすく解説したいと思います。

 

このようなケースは、日常業務においても頻繁に発生するので、労災事故にもかかわらず、健康保険で治療等を受けてしまった場合の手続きについて正しく理解しておくことは、労務管理において重要なポイントなってきますので、是非、今回のブログ、最後までお読みください。

健康保険と労災保険について

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これからお話しする内容は、健康保険に加入している労働者がケガをした場合を前提にお話ししていきたいと思います。

 

労災保険、健康保険などにおきましては、労働者と事業主、役員などでは考え方が違いますので、今回は、労働者がケガをした場合を前提にお話ししていきたいと思います。

 

事業主、役員などの労災保険、健康保険の考え方については、今回のブログでのご説明は割愛させていただきます。

 

なお、事業主、役員などの労災保険、健康保険の考え方については、上記の動画の後半で詳しく説明していますので、是非ご覧になって下さい。

 

 

まず最初に、健康保険法について少し解説したいと思います。健康保険法の第1条には健康保険の目的の定義があります。

 

その第1条では、労働者の業務外の事由による疾病もしくは負傷などに対して保険給付を行うとされています。

 

ここで「業務外の事由」と具体的に明記されているため、業務中の事故などにより負傷等した場合には健康保険を使用して治療を受けることはできません。

 

これが法律の根拠となります。

 

 

ところで、労災保険は、業務中の事故などによる負傷だけでなく、通勤途中の事故などによる負傷に対しても、保険給付を行います。

 

通勤は、基本的には業務ではありません。

 

ですから、健康保険法の第1条だけを見ると、通勤途中の事故で負傷した場合には健康保険が利用できる、という風に思われるかもしれません。

 

しかし、実は、健康保険法にはもう1つの規程があり、それが第55条です。

 

健康保険法の第55条では、労災保険から保険給付を受けることができる場合は、同一の事由について、保険給付を行わない、とされています。

 

先程ご説明したように、労働者が通勤途中の事故などにより、負傷等した場合には労災保険から保険給付を受けることができるわけですから、通勤途中の事故などにより負傷等した場合でも健康保険を利用して治療を受けることはできないこととなります。

 

 

このように業務中の事故、通勤途中の事故において、本来ならば、健康保険は利用できません。

 

ところが、現実的には業務中の事故または通勤途中の事故によりケガ等をした場合に、健康保険を利用して治療を受けてしまうケースが数多く存在します。

 

しかし、そのような行為は間違いであるため、必ず正しい方法に改めるべきです。

 

そのための訂正業務が必要となります。

 

では、健康保険を誤って利用してしまった場合にどのような手続きで訂正を行うのか、この点についてご説明していきたいと思います。

 

健康保険から労災保険への変更手続きについて

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それでは、労災事故で、健康保険を誤って利用してしまった場合の訂正の方法についてご説明していきたいと思います。

 

ここでは、ご理解しやすいように事例を基にご説明していきたいと思います。

 

 

ある労働者が9月15日に業務中の事故でケガをしてしまいました。

 

その労働者が、A病院にかかったとします。

 

業務中の事故ですから本来は労災保険を利用して治療を受けるべきなのですが、諸々の理由で健康保険を利用して治療を受けてしまったとします。

 

業務中の事故は、健康保険を利用して治療を受けることはできないというわけですから、健康保険を利用した行為を訂正する必要があります。

 

具体的にどのように訂正をするのかですが、実は、その方法は訂正を行う時期によって異なってきます。

 

 

まず、9月15日に健康保険を利用したことを、9月25日に健康保険を利用したことが誤りであったと気付いて、すぐに病院へ連絡したとします。

 

通常、病院は治療費の会計業務などを月単位で精算していきます。

 

大体、翌月の5日までに、その月の会計業務を締める病院が多いようです。

 

ですから、この締日以前であれば、まだ会計業務が締まっていないわけですから、健康保険の扱いから労災保険への扱いに変更することは容易となります。

 

従って、病院へ連絡をしたのが、9月25日であれば、理論的には、病院内で労災保険の扱いへ変更が可能となります。

 

 

ところで、労災保険で治療等を受ける場合には、様式第5号(通勤災害の場合は様式第16号の3)という書類が必要となります。

 

この様式第5号または様式第16号の3を病院等へ提出すれば、労災保険扱いへ変更してくれます。

 

 

ところで、9月15日に健康保険適用で治療を受けた際には、治療費の自己負担分を支払っています。

 

労災保険では、治療費等を負担することなく、治療等を受けることができるため、病院等へ様式第5号または様式第16号の3を提出し、労災保険扱いへ変更してくれれば、自己負担分を返金してくれます。

 

これで、訂正の手続きは完了となります。

 

このように、病院の会計の締切日より前に、労災保険への変更を申し出て、様式第5号または様式第16号の3を提出すれば、訂正業務は容易となります。

 

 

しかし、場合によっては、病院の会計締切日より後に、健康保険を使用したことが誤りであったことが発覚するケースも多々あります。

 

例えば、11月20日に何らかの理由で、9月15日に健康保険を使用したことが誤りであったことがわかったとします。

 

では、このような状況ではどのように手続きを進めたら良いのでしょうか?

 

 

このように病院の会計業務の締切日が過ぎていると思われる場合であっても、病院等に9月15日に受けた治療が労災事故によるものであったということを一度病院に申し出てください。

 

というのは、病院によっては会計業務の締切日が翌月5日ではない場合もありますし、また仮に締切日を過ぎていても、労災保険扱いに変更してくれ場合もあります。

 

ですから、どんな場合でも、健康保険使用が誤りと分かった時点で、病院にその旨を申し出て下さい。

 

 

しかし、総合病院のように、業務が膨大な病院の場合は、締切日をかなり厳格に適用します。

 

ですから、A病院が総合病院だった場合に、11月20日に、「9月15日に健康保険を使用したのは誤りです」と申し出ても、会計業務を既に締めているため、病院の方で労災保険扱いに変更することはできません、と言われてしまうケースも当然考えられます。

 

このような場合には、会社を管轄している都道府県の健康保険協会等に「9月15日にA病院で健康保険を利用して治療を受けましたが、あれは労災事故でした」ということを申し出て下さい。

 

 

健康保険協会等は、労働者の自己負担部分以外の治療費を病院に支払っています。

 

このお金は、本来健康保険ではなく労災保険から支払うべき治療費ですので、当然、健康保険協会等は、そのお金を返還してもらう必要があります。

 

その返還方法ですが、病院から返還してもらうのではなく、労働者から返還してもらうこととなります。

 

そのため、労働者が、健康保険協会等に申し出ると、健康保険協会等から労働者へ自己負担部分以外の治療費の請求書が届きます。

 

その請求額を健康保険協会等へ支払うと領収書と治療内容の明細書が届きます。

 

そして、その健康保険協会等が発行する領収書と自己負担分を納めた病院の領収書さらに治療費の明細書を労災保険の申請書類である様式第7号(通勤災害の場合は様式第16号の5)に添付して労働基準監督署に提出すると一定期間後、治療費の全額が労働者に返金される形となり、結果的に労災保険が治療費を全額負担した形となります。

 

このような手続きをします。

 

 

ところで、労働者が、申し出をしなくても、健康保険協会等の調査などで、健康保険を使ったことが誤りであることが判明する場合があります。

 

調査などで判明した場合は、健康保険協会から請求書などが送られてくるケースがほとんどですので、その場合はわざわざ病院に連絡する必要はありません。

 

そのような場合には、送られてきた請求書の金額を納め、後の手続きは先程と同じ流れになります。

 

 

このように、労災事故でケガ等をした場合に、誤って健康保険を使ってしまうと、訂正の必要が出てきます。

 

さらに、場合によっては、労働者が一時的にでも治療費を全額負担する形とならざるを得ません。

 

ですから、もし労災事故が起こった場合には、病院に伝え、労災保険扱いにしてもらうということ、これが重要なポイントとなります。

 

労災事故が起こった場合に、かかった病院に必ず「労災保険扱いにしてほしい」と伝えて下さい。そうすれば、このような訂正業務は起こらないこととなります。

 

労働者が国民健康保険に加入している場合

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ここでは、労働者が健康保険ではなく、国民健康保険に加入している場合について述べたいと思います。

 

当然ですが、全ての労働者が健康保険に加入しているわけではありません。

 

労働者の労働時間や労働日数が少なく、健康保険への加入基準を満たしていない場合や、そもそも勤めている会社が健康保険に加入してケースも考えられます。

 

ですから、労災事故でケガ等をした労働者、が国民健康保険に加入していることもあります。

 

では、労災事故であるのに、国民健康保険を利用して治療を受けてしまった場合、どのような手続きが必要かについてご説明したいと思います。

 

 

国民健康保険の第2条では、被保険者(加入者)の疾病や負傷などに対し、保険給付を行うとされています。

 

国民健康保険の目的は、加入者の疾病や負傷などに対し、保険給付を行うことです。

 

 

国民健康保険は、健康保険と決定的に違うところが1つあります。

 

健康保険は、保険給付の目的を業務外の事由によるケガ等とはっきりと明記していましたが、国民健康保険の場合、業務外の事由と明記されていません。

 

つまり、国民健康保険の基本的な考え方は、どのような理由であれケガ等した場合には、保険給付を行うということです。

 

 

しかし、国民健康保険にも、先程の健康保険と同様の法律が存在します。

 

それが第56条です。

 

第56条には、労災保険から同一事由で保険給付される場合、保険給付は行わない、と規定されています。

 

つまり、労働者が労災事故で負傷等した場合には、労災保険から給付を受けることができるわけですから、労災保険から同一事由で保険給付される場合は、国民健康保険は保険給付を行わないこととなります。

 

従って、労災事故にもかかわらず、国民健康保険を利用して、治療などを受けてしまった場合には、必然的に訂正の手続きが必要となります。

 

訂正の手続きの考え方は、先程お話しした健康保険の考え方と同じとなります。

 

まとめ

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今回は、負傷などが業務中にも関わらず、誤って健康保険を使ってしまった場合の訂正の続きなどについて、ご説明させていただきました。

 

労災事故にも関わらず、健康保険を使って治療等を受けてしまうと、訂正業務が発生してしまい、一時であれ労働者が、治療費の全額を負担しなければならなくなってしまいます。

 

ですから、労災事故でケガ等をした場合には、病院に労災事故である旨を必ず伝えることが非常に重要なポイントとなってきます。

 

 

労災事故にもかかわらず、健康保険を使って治療等を受けてしまうケースは、日常業務においても頻繁に発生するので、労災事故にもかかわらず、健康保険で治療等を受けてしまった場合の手続きについて正しく理解しておくことは、労務管理において重要なポイントなってきますので、是非、今後のご参考になさって下さい。

 

 

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